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by See-Be

2020/0112345678910111213141516171819202122232425262728292020/03

1ヶ月以上もメルマガを配信しなかったことについて、詳しい事情をお話しようと思います。少し言い訳がましくなってしまうと思うので、ご了承の上お読み下さい。


ここのところブルーカラーとしての仕事が激務続きになっています。

私の仕事はいわゆる倉庫番なのですが、現在、顧客側の縮小により担当部署内が大変なことになっています。

担当している顧客が縮小するので当然こちらも担当部署の人員を削減しなくてはなりません。人事異動や派遣の契約解除、数人はこの機会にリストラということにもなりました。

ちなみに、こういう時によくある経営者マジックですが、どさくさ紛れに必要以上な削減をして、仕事が減っても全然仕事が追いつかない人数にまで削減されました。

さらに余計な仕事も増えました。倉庫で縮小となれば今まで通りの坪数を借りてもらえなくなります。場所を貸すのが本業の倉庫ですから、減坪となれば適正な場所に引っ越してもらわなくてはなりません。空いた場所は別の大きな顧客に貸し出せるからです(この点に関しては営業所が本当に優秀な働きをして、1ヶ月も経たずに空きを埋めてしまいました)。

そういう訳で引越し作業を通常業務の合間に行いました。引越しといっても平日は入出庫を毎日こなさなくてはならないので、休日出勤で対応していました。


いつもなら忙しくても休日にはメルマガを書いていたペースがこれで崩れました。


最後のトドメに、顧客側の縮小が2ヶ月間延びました。顧客は商社なので、販売権を奪われた今回の縮小は決定的なのですが、それをどうにか2ヶ月延ばし、その間にメーカーへの返品や叩き売りでどうにか少しでも元を取ろうと動いたらしいです。

こちらは人員削減も減坪も完了しているのでもう大変です。仕事は減らない、人は減っている、荷物は置けない、作業スペースが狭くいつもよりレベルの低い仕事量しかこなせない、等々、色々な要因が絡み合ってついにパンク寸前に陥っています。


これで定時で帰ってメルマガを書くという選択肢も、不可能ではないまでも、あまりにも辛く無理ということになりました。


その間、何度か日経平均予想の変更もしたかったのですが、気力がなく諦めました。それでも、エントリータイミングが来たら今度こそ絶対書こうと思っていたのですが、まったくエントリータイミングは来ませんでした。もし配信していたとしても、売買スタンスは全て『見送り』だったということです。


そして今日、ついにエントリーを配信できるタイミングがきたので、配信に至りました。


しかしながら、この仕事の状況は今年一杯続く見通しになっています。その間またずっと開店休業状態と言うのも嫌だと真剣に考えた結果、今回のリニューアルに至りました。

このリニューアル構想は、激務続きの日常でずっと考えていた結果生まれたものです。片手間で、内容も損なわないようなやり方はないものかと、本当にこの1ヶ月考えていました。

この形態で今後続けていくのか、落ち着いたら元に戻すのか、はたまたさらにパワーアップできるようなリニューアルでやり直すのか、今のところはまだ決めていません。

とりあえずこの形で、今の状況のままメルマガの配信頻度を高めていければと思っています。

すいませんけど、よろしくお願いします。
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世の中ではサブプライムローン問題に端を発するとか言っています が、私の場合そこは上手く乗り切ったのに、年末にたった1度大失敗をしたことに端を発してしまっています。いやはや情けない…

端を発するというならば、その前に年金やら保険料やら所得税やら絡みで給料自体が減っていることもあります。

さらに端を発するというならば、そこまで給料が減るとは思っていなかったので、それまでと同じペースでお金を使っていたことです。

私はある程度の金額のものは、カード一括払いで買うことにしています。金利もないしポイントも貯まってお得だからです。最近ではガソリン代もですかね。あと交際費。

しかしながら支払いというのは翌月か翌々月になるので、今になってここ数ヶ月で追い込まれています。ここ4ヶ月あわせての生活費は20万円ぐらいしかありませんでした。どうにか凌いできましたが、いよいよ来週あたりから、給料日までは食べることもできない可能性が出てきました。

どうしてこんなことになってしまったんでしょうか。自分でも良く分かりません。なぜなら私が使ってきたお金のうち、自分の楽しみのための分などほとんどなかったからです。たぶん生活費を除いた余剰資金の内、半分も使ってないでしょう。

その半分だって絶対に必要なものと、教材費、そして節約して余ったお金は全額投資資金です。精々たまにお酒を飲みに行ったりする程度ですが、それも奢り以外は何ヶ月か我慢しています。

一番の問題は私のこういう性格にあるのかもしれません。他人のためにお金を使いすぎています。私に「お金がない」などと一言でも言ってしまったら、その後の交際費などは自分の貯金がなくなって、さらにカードショッピングが支払能力の限界になるまで払ってしまいます。

結果、ある時点でふと気付くと相手は私ほどお金がないわけではなかったりします。ないと言っても生活はギリギリできるし、借金もコツコツ返しているし、貯金も少しずつ貯めていたりします。

ただ単に、元来子供の頃からギリギリの生活をしてきたので、「お金がない」という発言をするまでの忍耐力が、私と普通の人とでは違うレベルにあるだけです。

変な女に引っかかると一発で破滅するタイプなのかもです。正直者はバカを見るですかね。はぁー。そもそも周りの友人知人で私を頼ったことのある人などは、中卒ブルーカラーの私より稼げていない時点で努力が足りないだけと思われ、助ける筋合いじゃないんですけどね。私にはなかなかできません。

こんな感じで、これ以上削るところといったら、車か友人か恋人かとなってしまいます。現に友人との付き合いにまったく顔を出せていないので、半ば削っています。車に関しては鋭意検討中です。どれにしても必要最低限の生活にまで終止符を打つという選択肢になってしまうので、とてもすぐに選べるところじゃありません。

珍しくプライベートな話と弱気な話をしましたが、結局何が言いたいかというと、こんな状態ではどんなに頑張っても一生相場に復帰できないという話なのです。

これではメルマガはもちろん、相場を続けていくしか将来的に生きていく道がないと結論づけた『中卒ブルーカラーの投資学』の信念に関わってきます。

相場をやめるという選択肢は、私に「一生結婚するな、一生子供も作るな、定年したらすぐ死ね」と言っているようなものなので、一番ない話です。

と、言うことで裏技を使うことになってしまいました。本当に本当の背水の陣です。

前にも「これが最後の全力疾走になるでしょう」という話をしましたが、思ったより早く最初の山場を迎えました。

この山場を乗り越えて振り返る時がくれば、私はそれなりのものを獲得しているでしょう。
2007年最後に配信したメルマガの編集後記で言った通り、私の今年の投資を振り返ると共に、去年収支がマイナスで終わったのにもかかわらず、投資で行くしかない理由について書こうと思います。

詳細な売買などを、記録を調べながら振り返るつもりはないですが、やってきたことについては大方覚えているので、その辺を振り返っていこうと思います。

このブログ開設時に一番最初に書いた記事でも触れましたが、私は一時期相場を引退していました。引退期間は半年以上でした。

理由は、私生活で心身共にボロボロだったことと、それが主な原因となり、拙い技術ながらもどうにか成績をトントンで保っていた株式投資で、大きな損失を出してしまったことによります。そして、復帰したのが去年の3月です。

復帰後にまずやったのが、株の勉強を初めからやり直すことでした。それまで私は色々な投資法を勉強し過ぎてしまったせいか、中・長期保有に適した優良企業をしっかりとファンダメンタルズ分析で探したのに、アクティブな短期売買手法も試してみたくて、その銘柄をそのまま短期売買してしまうという、すごくあやふやなトレードをしていました。

これは確かに下支え要因のある銘柄の売買だし、それをリスクの小さな短期売買で回せば大きな損失を出さずに済みます。しかし、こういう銘柄はボラティリティが小さく、利益も小さくなって当たり前です。それまで収支がトントンだったのは必然と言えるかも知れません。そんな訳で復帰にあたっては、焦点を絞った勉強をしていくことに決めました。

引退前に運用していた資金は前述の理由からほぼ全て失っていたし、多少残っていた分も、その当時復帰するとは思っていなかったので使ってしまいました。

そこで、復帰のための軍資金を10万円程度用意するのが限界だった当時の私は、多少手間が掛かっても短期間に元手を増やせる、かつ生活のために仕事も続けていかねばならないという理由から、1日~数週間で売買を完結させるスイングトレードに焦点を絞り、一から勉強し直しました。

復帰後は実践を積みながら、10万円という通常の市販書の内容で運用するには厳しいこの軍資金をどうにか増やしていくために、独自の投資手法なども積極的に考え、経験を積んでいきました。

そして10万円が半分になってしまい、少ない給料で貯めたなけなしの貯金を使って、もう一度軍資金を10万円に戻した頃から、徐々に利益が出せるようになっていきました。

私が独自の手法も交えながら主に扱ったのは、資金量として選択肢が無かっただけですが、10万円以下で買える小型株、ボロ株、仕手株です。そうそう勝てるものではありませんが、火が付けば上昇力は物凄く、最大ドローダウンは確かに大きくなるものの、3勝7敗を目安にすれば十分に勝てる投資法に仕上がっていきました。

話は逸れますが、いつか損失を埋め終わり、勝ち組を名乗れた暁には、このノウハウを体系化して販売できたらと思っています。

復帰前に出してしまった損失は30万円近かったので、軍資金10万円で取り戻すのは気が遠くなります。ですが、この調子で続けていれば、数年内に回収できる自信が沸いてきました。

この頃、メルマガを出してみよう決めました。これが8月頃です。

10万円を40万円にするのはかなりレベルの高い話です。これが達成できれば、有名個人投資家並のことになるんじゃないかと思えるぐらいの話です。

額が小さいのでうやむやになってしまいますが、これが出来るのならば、軍資金100万円を400万円に出来るということです。複利で回せばもっとです。実際には少資金のほうが投資の自由度がないので、更に上をいけるでしょう。個人的には、投資の実力と言うのは、いくら増えたのかという金額ベースではなく、何%増えたのかという上昇率で判断するべきだと思っています。

そんなこんなで、順調にコツコツ利益を積み重ねて80%ほど増やしました。これが地合いを見極めるためにお休みして、日経225先物に行ってくると言っていた頃の話です。既に年度の後半ですね。

ちなみに、最近日経mini先物にも参加していますが、それまでの私の投資経験は株式現物一本でした。これからの時代は、投資商品にはこだわらず、その時の地合いや資金によって、株、日経先物、FXと色々なポジションを取れるスタンスが必要だと感じていますが、やはりメインは株式投資として、ヘッジとして他の投資対象を探す方向が王道と考えています。

さて、メルマガ読者の方は既に話が見えているかもしれませんが、私がその利益を一気に吐き出し、今年マイナスで終わったのは、他ならぬこの日経225miniへのポジションチェンジが原因です。

私は地合いの読みにはかなりの自信を持っています。日経平均を売買できて、しかも売りからも入れるならば絶対にいけると思っていました。そこへ来て、既に克服したと思っていたメンタル面の問題で大やられしました。

自分の決めた通りに売買することが出来ず、ちょっとの値動きや損失に一喜一憂し注文を変更するという、典型的な損を出すシロウトのようなことを繰り返しました。メルマガバックナンバーを見て頂ければ分かりますが、冷静な読みはかなり良い感じで当たっていたのにです。

もしも私のメルマガを信じて投資している人がいたならば、その人は利益を上げて、当の私は損失を出しているという大惨事です。

そしてなんと、私のマイナスを決定付けたのは今年の最終売買日でした。11時10分までしか取引が出来ない、あのたったの1日で一挙にマイナスの世界へ投げ込まれました。

ここまでが、去年の私の売買を振り返った結果です。

矛盾するようですが、最後の最後にマイナスを出したあの取引の原因が、私が『行くしかない』理由に通じます。大分長くなりましたが、ここからが【中卒ブルーカラーの投資学】本題です。

まず、中卒ブルーカラーとしての私のお話を聞いて下さい。ここからは、投資とは関係の無い話になりますので、なぜメルマガに【中卒ブルーカラーの投資学】などというタイトルを堂々と掲げているのか?ということに興味がない方は、この先の内容は無意味ですので無視して下さい。ちなみに、かなりの長文になると思います。

以下の記事は、私が一年の締めくくりに『mixi』の日記に書いた内容を少し手直ししたものです。SNSという狭い世界で、身内に向けて書いたものなので、私のことを良く知ってもらえる記事だと思います。




私の年齢は29歳です。6月で30歳になります。

20代最後の年ということもあるんでしょうか、最後の方はもう失速気味でした。

30年を振り返り、考えてみればそろそろ失速するのも必然なのかもしれません。15歳から働いているし、職場は転々としているものの大抵ブルーカラーでした。

大卒に換算すると37歳です。普通のサラリーマンで37歳だったらまだまだ働き盛りというか、仕事も板に付き、正にこれからが旬でしょう。

私の場合は違います。

あるならば思い出して下さい。入社当初のきつかった日々、下っ端として理不尽な扱いを受けた日々、先輩や上司よりも仕事が出来たとしても、なんの評価もなかった日々。怠け者は論外ですが、普通に頑張ってきた人達は、こんな日々があるならば思い出してみて下さい。リアルに、若い頃に乗り越えてきた、苦しかったあの日々を。

私はその状態を続けたままに、15年間踏ん張ってきました。実力で、現場だけで考えれば、何回もトップに立ったりもしました。

が、ただ、それだけです。

途中ITバブルで一念発起し、大学院卒業生や社長までが通う、10人に1人しか卒業証書を受け取れないプログラマー養成学校をトップクラスの成績で卒業したりもしました。ITバブル崩壊と同時に。中卒にも門を開いている学校なので、学歴にはなりません。

やはり、ただ、それだけ。

人の何倍も頑張り、何度も倒れ、血便を出し、吐血し、風邪は病気じゃありません、インフルエンザは病気じゃありません、ノロウイルスも病気じゃありません、骨折だって怪我ではありません、と自分に言い聞かせ、それでどうにか生活していけるぐらいの、15歳当初と変わらず上がらぬ給料にしがみつく。

そんな人間を引き上げる時代じゃありません。みんな適当に働き、適当に幸せであることを望みます。直属の上司なら、実力を評価しようとするスタンスをとってみたりもしてくれますが、自分たちが既に結婚し、子供を生み、苦しいながらも幸せに生活している以上、言うのは易いが実際に金を与えるスキなどないのです。会社の金だとしてもです。

失うものがあるから与えられない。最初から失うものすら手に入れられないのだから、とりあえず待っていてくれよ、そこで。そんなところです。キレイ事を言うのは大抵みんな好きですが、こと、自分の財布の話になると黙り込むばかりです。

どうせならもっと格差社会が全力で是正されてくれれば良かったのにと、心の底から思います。ホワイトカラーの残業代を支払わない法律が、本気で成立して欲しかった。

残業している人間が頑張っているという幻想。早く帰る人間が仕事が出来るという現実。幻想に基づく高い給料。現実に基づく安い給料。

ヴぃヴぁ!実力主義!きたー!きたー!

私のところまで降りてくる前に、世の中が全力で阻止にかかりました。

弱い人間は保護の対象です。頑張っている人間は後回しです。故に、底辺でありながら最大限の努力というのは、一番中途半端なことをやってきていたんだと思います。どうせならニートが出来るぐらい甘えているほうが上手くいってしまっています。何が道徳的なんでしょうか。正直者にバカを見させるってことはすごく不健康だと思います。

保護されて良いのなんて、真に自分ではどうすることも出来ない、高齢者と障害者だけにしてほしい。ましてやリストラに怯えるほど使えないヤツなんて、さっさとツケを払って欲しい。そして私を引き上げろ。

が、無理。そんなのは当たり前です。世間では私の言っていることのほうが圧倒的に悪。それどころか、上がる年金や保険料はきっちり払わされる。何でお前らが壊した時代の為に頑張り、お前らの受け取る年金を払うのか。そう思わざるを得ません。

この時代に生きる中卒ブルーカラーの命は、金より重くなどないのです。それだけはハッキリ分かっています。

そんな分際で、私自身が常に周りには献納していく。人間には、言い方は悪いが貸しが作れると思っていました。私の財布は常に空で、私の手元には大してモノが残らず、私の心は常に気遣い、私の身体は人の為に動く。

しかし、ただ、それだけ。

それが私であり、1978年頃という、戦後最大のタイミングの悪さで生まれた、時代のツケを払わされる世代に生まれた、六大学卒業者が何十社も面接を受けた時代に生きる我々の、その中の底辺にいる人間の全力疾走の結果です。確かにガタが来てもいい頃。

でも、まだやれます。

今後数年が、私の最後の全力疾走になるでしょう。もう引く道はありません。かといって普通の道もないのです。戻れないのではなく、振り返れば私が普通の道に入るスキなど、この時代のどこにも存在しはしなかった。

だから、正確に言えば、やれるのではなく、行くしかない。

賭けに出れば破産するかもしれません。寝ずに努力しながら、ブルーカラーもやっていれば死ぬのかもしれません。でもやはり、こんなことがこのまま続くのであれば、命なんか金よりも重くはないでしょう。

一つしかない命は失速して消滅ではお粗末です。

一つしかない命は張っていく。

一つしかない命は張って死ぬ。

お前はやれる、オレは出来る。

お前はやれる。絶対出来る。

世の中はダサい。オレはカッコイイ。

それでこそお前はタカザワユウジロウだ。

あー、オレは何て運が良いんだろう。

神様ありがとう!

ここへ来て獲得した、真のポジティブを武器に、楽観主義の自分のことしか考えぬバカのそれではなく、真のポジティブシンキングを武器に。

もう一踏ん張り、お前はやれる。




何気に本名出してしまっています。ここまで読んでくれている方は、真の読者だと思いますのであえて隠しません。というか別に本名を隠したくてCBと名乗っているわけではなく、有名な個人投資家がペンネームを使っていることが多くて、カッコイイなぁと思ったからそうしているだけなんですよ、実は。

投資などには興味が無いマイミクの方々は「こいつ何言ってるんだ?」と思ったかもしれません。しかしこれを読んでくれている方には、何となく意味が分かってもらえるんじゃないでしょうか。

同時に、私が『行くしかない』理由も分かってもらえると思います。下がる道どころか、戻る道も進む道も、普通の生活の中にないことは、私の30年の中卒ブルーカラーとしての人生経験から、ハッキリと分かってしまっているのです。

一時期は、こういう事実に途方にくれて、酒を飲んではグチばかりこぼし、頑張っていればいつかどうにかなるはずだという、希望だと信じていた幻想にしがみついていました。本当にどうしようもない人間でした。ですが、ある日、あることをきっかけに、突然思ったのです。

「確かにオレは正しい。かなり正しいことを言っているハズだ。だからってそれに文句ばかり言って、オレみたいな虫けらのために、世の中が正常になってくれない方がおかしいなんて、いつまでそんなバカなことを言っているんだ!オレのやろうとしていることは一人でクーデターを起こしているようなもんだ!本当は自立できるのに、世の中が助けてくれないことに不満ばかり言っているホームレスや軽度の障害者、オレはああいう奴らと同じことを言っているぞ!そんな生産性のないことに時間をイタズラに使う暇が、今のオレにあるのか!」

「オレは何やってんだ!」

「オレのやってることはチグハグだ!」

「オレのやってることにはそもそもゴールが存在してねー!」

「オレは何がしてーんだ!」

「オレは一体何をどうしてーんだよ!」

そのきっかけとは、皮肉なことに私が相場を引退するきっかけとなったことでした。それについては、冒頭で言ったブログ初投稿記事に書いてあります。一見下らない理由に見えるかもしれませんが、私にとってはそれぐらいの出来事でした。人間、何をきっかけに変わるかなんて分かりませんね。かのロバート・キヨサキ氏も、師となり得るのは何も人間だけではないと言っています。

そのきっかけが、私の中で消化され、やがて立ち直った時に、突然思った。だから私は、相場に戻ってきたのです。これしかないという覚悟を持って。

さて、随分と長くなりましたが話を戻しましょう。これが何故マイナスの世界に投げ込まれた原因になったのか、矛盾していますよね。

最近私は仕事でえらい酷い扱いを受けています。前述のミクシー記事のように、まあ毎度のことです。

私はこの性格ですから、自分で言うのもなんですがかなり優秀に仕事をします。人の2倍なんて当たり前、場合によっては3倍、4倍、出来ない人と比べると5倍はやります。ブルーカラーというのはこなした仕事量が一目瞭然に分かってしまうので、余計不満が溜まります。

問題なのはそこではなく、やはりそれに対する評価なんて何もないところです。給料が上がらないのはもちろんのこと、例えばダメな社員を降格にしたりクビにしたりするのも私にとっては評価になります。酷な話ですが、私の方が酷なのでぶっちゃけ知りません。

ましてや、給料でも役職でも完全に一番下っ端の私が、密かに部長から、現場のことを任されたり、現場の頂点である所長(課長)のミスにまで責任を持たされたりする筋合いなど、絶対にないでしょう。更には現場の直属のトップからは、お前が全員を使って現場を回していくしか、この現場は回っていかないとまで言われています。

一番仕事量の多い自分の仕事を定時内に素早く終わらせ、自分より仕事量の少ない人間が残業しないと仕事が終わらないので、結局それも手伝わされます。当然残業しないと仕事が終わらない人間の給料は高くなります。

そんな酷い扱いで、どうやって管理職にまでついている人もいる現場の人間たちを、中卒ブルーカラーの生活に困っている給料の私が使えというんでしょうか。いや、実際には泣く泣く使っていますが。管理職手当てというのは、人を使うのが大変な仕事だからあるハズです。私には何もないのに。

そんな訳で、遂に私は爆発寸前でした。半分自暴自棄になっていたのです。ただ、ここでそれを言い出したらまた「オレは何がしてーんだ!」で元の木阿弥です。

だから私はあの最終売買日の朝、いってしまったのです。投資としては最低のやり方だと分かっていてもです。最後の最後、今年稼いできた利益で賭けに出て、今年の売買を大幅な利益で終わらせようと。素早くこの状況から抜け出すためには「ここ一番、一度だけでいい、ギャンブルも必要なのだ!」と自分に言い聞かせて。

そう思いながら、朝一番、日経225miniを資金の限界まで、フルレバレッジで注文しようと、そして損切りラインも設定せず、引けまで、限界までいくんだと、その売買注文の発注ボタンをしばらく見つめていました。

「いけ、いけ、いってしまえ!」

そう思っていたら涙が出てきました。何故だか分かりませんが、本当に泣けてきたのです。ボロボロ泣きました。そして、それに酔い、「ここはいい、狂っていいんだ!」と泣きながら自分に言い聞かせ、あらゆる冷静さやら、セオリーやら、今まで利益を出してきた努力やら、あらゆる思惑を乗り越えて、発注ボタンを…押しました。

「ここ一番!ここだけでいい!神よ、オレに引かせろ!2分の1を引かせるんだ!」

そして、私は引けませんでした。これにより、もう、しばらく戦えなくなってしまいました。軍資金がありません。元本の10万円を大きく割り込み、最後の最後、負け組みに投げ込まれました。

でも、これに関しては、実は後悔していないのです。私のような人間がどう頑張ったって、軍資金など今まで以上には用意できないし、コツコツやるにはたぶん私の身体が持ちません。そんな時間があるとは思えない。

だからまた、地獄の苦しみで軍資金を貯め直し、あるいは借金を背負って軍資金とし、将来地獄を見るリスクすら視野に入れて、そしてそこからまたコツコツ稼ぎ、いつかもう一度そんな賭けに出るでしょう。懸命なやり方とは思えませんが、いつかリスクをとって大勝しないと、勝ち組へのスタートラインには立てないハズです。だから、これでいいんです。

成功者は往々にして、大抵何度か破産しているものです。金額的に次元は違えど、私にとって最大限のリスクであることには代わりがない。そのリスクが取れなければ、所詮、普通止まり。それならばまだ良いが、私の場合は底辺止まり。だから、これでいい。

随分と長くなりましたが、これが【中卒ブルーカラーの投資学】です。私の投資哲学が、少しでも分かってもらえれば、また、皆さんの投資に少しでも良い影響を与えることができれば幸いです。

最後までお読み頂きありがとうございました。

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。

では、またメルマガでお会いしましょう!